22時半、俺は動画サイトの生配信を見ていた。
それは若手男性配信者の紀さんが主催するコラボシリーズで、タイトルは「【第4回】森森さんと決着つけるわ」。紀さんと有名男性ゲーム実況者・森森さんがとあるソーシャルゲームのガチャで最高レア度のSSRを何枚引けるか、という内容だ。
毎回起こる発狂や、何より本気の2人の掛け合いが面白いことで人気が広がり、自称「最終回」らしい今夜は森森さんが5枚、紀さんが4枚という結果だった。
「いや、いちごちゃんイベの前日さぁ、興奮しすぎて寝れなかった」
「俺はどうせ眠れないなーと思って徹夜して当日イベント走ってたら夜仮眠しすぎてランキングめっちゃ下がったよ」
『志乃 わかる』
『しーむれす いちごイベ神だった』
『蘭崎花子 ¥200 森森さん、前回のきーちゃんイベストで泣きましたか?』
ガチャが終わった後の2人の雑談でコメント欄が賑わっている。俺もコメントをした。
『B障壁 次のイベントって箱かな?』
時刻はもうすぐ23時。生配信ももうそろそろ、といったタイミングだった。
「でも菊子のあの発言はちょっとと思うんだよね〜 うーん、次の箱でどう決着つけ…… ……ん? あ、ちょっと待って」
そう言い、ガサガサ、と配信機材を置く音。どうやら紀さんが席を外したらしい。
紀さんがいない間、森森さんが場をつなぐ。俺はその間に明日学校で必要な教科書等を整理しながらノートをめくった。
(そういえば、ここ分からなかったんだ……復習したほうがいいな)
配信画面から目を離し、数学の教科書とにらめっこしていると、森森さんの言葉が耳に飛び込んできた。
「あれ? 紀くん帰ってこなくない?」
また俺は配信画面を見る。画面にはゲームのホーム画面が2つ映っており、一方は森森さんが操作していてもう一方はホーム画面のまま放置されている。放置されている紀さんの画面では、紀さんの推しキャラがこちらを見ていた。
「俺電話か何かが来たからマイク切って通話してると思ってたんだけど……紀くんって何分前に席外したっけ?」
『ほとけ 10分?』
『清水マン 22時45分くらいじゃない?』
『はなみん 通話ついでにトイレにでも行っているのでは』
「あートイレかもしれないな」 森森さんがコメントを読みながらまた1人で雑談をする。
10分、20分、30分……
ゲームをプレイしながら場を繋いでいた森森さんは流石に焦りだし、何回も紀さんを呼んでいた。
「紀くーん? マジで何してるの!? この配信終われないよ!」
そうか、と俺は気づく。この配信を開始したのは紀さんだ。だから紀さんがライブを終了させるまでこの配信は終われない。
『苦楽部 ¥1,000 電話→トイレ→寝落ち』
『しーむれす ↑そんなことある?』
『シーチキン南蛮 神回確定』
『3歳 ただ単にドッキリでは??』
「あー! そっか!!」
コメント欄を読んでいた森森さんは叫ぶ。
「ありがとう! これドッキリだ! 何かしらのワードを言うか、ゲームでSSスコアをとるとかをしないと終わらないドッキリだよ!」
コメント欄が賑わう。なるほど、森森さんとのガチャ配信かと思いきや、裏では条件を満たすまで終われない耐久生配信をしていたというわけか。
森森さんは配信画面に「#紀帰ってこい」というハッシュタグを入力し、固定する。
俺もすかさずSNSでそのハッシュタグを入れて呟いた。ついでに紀さんのSNSアカウントを見てみると、数時間前に生配信の告知をして以来、何も更新がなかった。
壁の時計を見てみると、もう23時半になっていた。明日はまた学校だしもう寝る時間だが、この配信が終わるまで見届けないと後悔する……そう思い、今日は夜更かしすることを決めた。
ゲームを真剣にプレイし始めた森森さん。何回も試行錯誤を重ね、40分経ってようやくSSランクでクリアした……
……何も起きない。紀さんは帰ってこない。
その後もコメントやスパチャを拾いながら1人で懸命に雑談をする森森さん……
……何も、起きない。紀さんからは全く反応が無い。
ドッキリだと言ってから1時間15分が経った。生配信にじわじわと流れ込んでくる、強い不安感。森森さんは紀さんに電話をかけたがやはり繋がらない。
SNSでは「#紀帰ってこい」のハッシュタグがトレンド入りをしていたが、当の生配信はそんなお祝いムードではなかった。そんな中、森森さんはあることを視聴者に提案した。
「俺さぁ、島田さんの電話番号知ってるんだよね。島田さんに紀くんの部屋の様子見てもらうのはどう?」
『祭りだワッショイ 凸れ!』
『愛藍 ¥500 もうそれしかないですよね…』
『DESTouch マジで心配だ』
――そうか、島田さんか。
島田さんは「島田ターコイズ」という名前で活動中の元お笑い芸人だ。芸人時代に培った抜群のお笑いセンスでゲーム実況をするスタイルで、それが今話題となっている。最近分かったことだが、島田さんと紀さんは偶然同じアパートに住んでいるらしい。
「ちょっと電話してみるね 起きてるかなぁ……」
少しの沈黙。森森さんが島田さんに電話をかけているのだろう。
「あ、すいませんこんな時間に。今いいですか? ……えっと……今配信してるんですけど声出して大丈夫ですか?」
ガサゴソという音。森森さんが通話をスピーカーモードにしたようだ。そして気だるげな島田さんの声が聞こえる。
「え? 何、今配信してるの?」
「いや、本当は23時に終わる予定だったんですけど、紀くんが席外したままこんな時間になっちゃって」
「えー」
「もう本当に全然連絡がつかなくて……今みんなと島田さんに部屋の様子を見てもらおうかって言ってたんですよ」
「あー じゃあ俺が今からピンポンしてきたらいいの?」
「すみません、お願いできますか?」
「分かった。戻ったらこっちから連絡する」
通話を終える音。はー寝落ちだったらいいんだけどなー、とぼやく森森さん。
コメント欄には何事もないように、と願う視聴者と、祭りだと騒ぐ視聴者が混在していた。俺もコメントをする。
『B障壁 どきどき』
ただ生配信を見ているだけなのに、部屋には鉛色の緊張感が漂っていた。部屋の四方から誰かに見られている感覚がする……俺はそう思った。
そして島田さんとの電話を終えてから5分ほどが経っただろうか。最初に「それ」に気づいたのは視聴者だった。
『蘭崎花子 ¥200 島田さんの声入ってる?』
「え? 島田さんの声? 今電話してないよ」
そのスパチャを見た森森さんはそう言ったあと、沈黙して耳をすませる。
「……くん……、紀くん……」
俺も耳をすませる。確かに島田さんが紀さんを呼んでいる声が聴こえる。
「紀くんー?」
でも森森さんは今通話していない。……なら何故?
『はなみん これ紀さんのマイクに島田さんの声が入ってる?』
『iMAX どゆこと??』
『シーチキン南蛮 こわいこわい』
そこで俺はやっと気づいた。島田さんが紀さんの部屋に入ってる。でもそこで紀さんを探している……
騒然とするコメント欄。困惑しつつも、島田さんからの電話を待つ森森さん。
それから約4分後に島田さんから電話がかかってくる。
「え、島田さん、紀くんの家に入れたんですか?」
「いや……ピンポンしても全然反応が無くてな、ドアノブ回したら開いたんよ。部屋入って呼びかけても何も返事なくて……めっちゃ怖くなって急いで帰ってきた」
いつも冷静な島田さんの声が動揺している。緊張感がこっちにも伝わってきて、俺は震えた。
「え、それ……マジのやつですよね……」
「俺はちょっと管理人さんに電話していろいろ聞いてみるわ。明日の昼まで帰らなかったら警察だなこりゃ」
深夜1時10分。配信主不在の終われない生配信はこんな時間にも関わらず、同接1万人を超えていた。
考察が止まらないコメント欄を置いて森森さんは一旦風呂に入り、その後も紀さんが帰ってきていないことを確認してから就寝した。
俺も眠気が限界まで来ており、森森さんが寝たタイミングで俺もベッドに入った。
翌日、学校から帰って来てから知ったが、生配信は昼過ぎにようやく終わったらしい。
2日後、紀さんのSNSアカウントでは、紀さんの父親が代理としてこう発信している。紀さんの写真付きだった。
『紀の父です。皆様もうご存知かと思いますが、全国のニュースで報道されているとおり、紀(本名・逆井紀茂さかいきのしげ)が5日の深夜から行方不明となっております。 どんな些細なことでもいいので何かありましたら、XX警察署(電話 XXX-XXX-XXXX)までお願いします。』